まだまだ花咲かせる若き獅子 - 羽生結弦 -
ということで、お待たせしていた羽生記事を。
本当ならば、ソチ五輪のあたりか世界選手権のあたりにアップしたかったのだけど、人生初のインフルエンザに襲われたり、自分の進路に忙しかったりで、余裕がなかった。
そして、鈴木明子の現役引退、町田樹の躍進などあり、つい後回しになってしまった、東北の星、いや、もはや世界の星となった羽生結弦の記事を遅ればせながら…。
といっても、さすがに興奮さめやらぬ感覚の中で更新するのとは訳が違い、試合内容などは振り返らない。いや、振り返れないかな?(苦笑)
昨日のパレードは、約9万人もの人出があったそうだ。
パレードをするための資金、目標とする額まで不足していたそうで、羽生結弦Tシャツを製作し、その売上で不足分を賄ったというが、欲しかったかも、そのTシャツ…。
結構、カッコいいデザインで。私的に余裕がなかったので、昨日ニュースで初めて知った。
ショートプログラム「パリの散歩道」の振り付けでもある、今やトレードマークのように有名になったあのポーズを交えてくれたり、沿道に集まったファンにとびっきりの笑顔と、サービス精神で湧かせてくれた羽生。
仙台はえらい混雑だっただろうな…。
我が岩手からもたくさんのファンが駆け付けたのだろう。
羽生スマイルをここぞとばかりに、あちらこちらで「ナイスアングル」を狙う数。
ちょっと脱線するが、デジカメよりもスマホの数が目立っていた。時折、ガラケーもいたが、かなりスマホが多いような印象だった。
スマホを扱う若手が、「デジカメ使わなくなりました。」と言っていたのを思い出す。スマホで撮影した画像を見せてもらったが、ガラケーの画素数とは比較にならない、見事な写メだった。
来月で保有しているポイントが一部切れるが、ガラケーとスマホの2台持ちでもしようかな…。
話を戻す。
「金メダリストになれたからこそ、言えることがある」と、ソチ五輪の試合後の会見で、彼は震災のことを語りだした。
その時、私は思った。
「羽生結弦、この人は選ばれた人だ」ということを。
何に誰に?
オカルトちっくに思わないでいただきたいが、神様に。
それが、スケートの神様なのか何の神様なのかはよく分からないが、間違いなく「地元の神様」だったり、「東北の神様」だったり、何等かの神様達に選ばれた人なのだと感じた。
選ばれし人…それが羽生なのだ。人は「目標」「目的」を持って生まれてくると言われるが、羽生結弦に課せられた運命というものは、私たちが想像する以上にとてつもなく「ドデカイ」ものなのかも知れない。
ひょっとしたら、無意識の中にも彼は何かを感じているのかも知れないし。
「金メダリストだからこそ、言えること」…確かにそうだ。
賛否両論あったが、バンクーバー五輪の試合後に、ロシアの皇帝プルシェンコは、「4回転は必要だ」と、訴えた。
4回転なしで完璧な演技をして優勝したライサチェックには気の毒だったが、プルシェンコは「フィギュアスケートの未来」を憂いての発言だったことは言わずもがな。
それは彼が「五輪金メダリスト」だから言えたことだし、だから反響を呼んだ。
成績も残していないのに、何だかんだ言ったところで、世間を巻き込むことなど出来はしない。
若き獅子、羽生結弦はロシアの皇帝に憧れてきた。
ソチ五輪の同じリンクで、同じ空間を共有出来るなど、想像出来ただろうか…プルシェンコは団体で優勝、個人戦棄権後、現役引退を発表。羽生結弦は団体でぶっちぎり貢献し、個人戦では優勝。
まるでリレーのバトン渡しのようだ。
若いながらも、胆の据わったキレのいい発言をする羽生は、完璧な金メダリストにはなれなかったからこそ、まだまだ伸びていけるだけのモチベーションを残している。頼もしい限りだ。
食が細いらしいから、体力面でまだ問題があるように見える。あともう少し筋力がつけばいいのだろうと思うが、そうなるとビールマンポジションは苦しくなるだろうか。
東日本大震災、未曽有の大震災は多くの命、多くの日常を奪っていった。
幸いにして家屋損傷もなし、命も無事だった内陸の我が家でさえも、ライフラインが復旧するのに時間を要した。
私は、最初の1~2か月は気力で頑張れたが、以降は半年くらいだろうか、いやもう少しか、メンタルがどうにもこうにも上向いてこず、フィギュアスケートからも音楽からも遠ざかってしまった。
だから、実際、被害のひどかった地域の方々を思うと、羽生結弦の活躍はどれほど勇気と力を与えてくれたか分からない。
選ばれし人、それが羽生結弦なのだ。
と、私は思う。